「しごと」を「志事」と表記しているウェブサイトやブログを時々見かけます。

その意味するところは、自らの志や信念を持って事に当たるのが「志事」だということのようです。「仕事」から「志事」へ昇華させるべきだという論調も見かけます。

「仕事」という表記に否定的な人は、漢字の「仕」が持つ意味から、会社や上司に命令されて(不本意ながら)やらされるのが「仕事」だとおっしゃる。「仕事」にそういう一面があるのは確かだと思います。

ただ、「神様にお仕えする」という言い方もあるように、仕える対象は直属の上司や会社に限定されるものではなく、社会全体あるいは神からの召命であってもよいのではないか。そして、社会の要請や神の召命にこたえようと決意するのは、自らの志や信念の発露にほかならない。もっとも、この場合「仕事」は単なる「職業」ではなく、「天職」というニュアンスを帯びてきます。

いずれにしても、「仕事」という表記をことさら否定的にとらえる必要はないのではないかと個人的には思っています。

「しごと」という言葉は、「す(為)」の連用形「し」と「こと」が合わさった和語で、「仕事」という表記も、もともとは当て字とのこと。ですから、「しごと」を「志事」と表記すること自体を否定するつもりは毛頭ありません。

しかし、「優秀な人材は『仕事』ではなく『志事』をするものです」などと言われると、それはちょっと違うんじゃないかなと。仕える対象をどう考えるかで、「仕事」の意義は随分と変わってくるのではないでしょうか。

 

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